保存は少なく、読書は多く
1年ほど前に「あとで読む」/アーカイブサービスを自分で作り、それ以来ずっと、このサービスの最初にして最も忠実なユーザーであり続けています。長年ただのユーザーだった立場から作る側に回ってみると、このカテゴリ全体が違って見えるようになったので、その観察を共有したいと思います。
「あとで読む」とは、投稿を保存しておいて別の時間に読むことを指すのが普通です。あらゆるソーシャルプラットフォームに組み込まれていて、ほとんどのフォーラムにもブックマークや保存機能があります。専用サービスもあります。Pocket(Mozillaによる買収後にサービス終了、RIP)とInstapaperは記事の保存に特化し、Raindropはサイトそのものをブックマークする方向に近い。OSやブラウザのレベルにも存在します。Safariには最初から内蔵されています。
ブックマーク、保存、アーカイブ、あとで読む — 呼び方が何であれ、これらの機能を使う人々にはひとつの共通点があります。ほとんどの人は、保存したものをあとで読まないのです。保存はデータ収集欲を満たし、生産的な気分にさせてくれます。実際に労力がかかるのは読む方です。念のため言っておくと、これはストレージの問題ではありません。テキストの保存はほぼタダで、grepは速い。希少なリソースは注意力であり、未読の保存物のひとつひとつが、何に読書時間を使うか決めるたびに小さなノイズを加えていきます。
なぜでしょうか。最も根本的な理由は、人は実際にあとで読むものを保存しないからです。私の経験では、保存には3種類あります。
- 読んで、とても良かったので、アーカイブしておきたいもの
- あとで参照したり共有したりする資料
- 興味はあるが今は時間がないので、あとのために保存するもの
最初のグループは、自分のシステムを持っていればうまくやれます。情報を収集・整理する自分なりの方法をすでに持っている人は、ツールが何であれ(Notion、Obsidian、普通のメモ、スプレッドシート)使いこなします。いわゆるPKM界隈の人たちです。最近のトレンドはAIとつながるツールに向かっているようで、読んだものをLLMで分類・検索・要約できれば、実質的に小さな個人Wikiが手に入るからです。検索(retrieval)は保存の意味そのものを変えることもあります。この文章の別バージョンを投稿したとき、あるコメントが指摘してくれたのですが、問いが「自分は戻ってきてこれを読むか」から「このトピックを考えているときにこれが再浮上してほしいか」に変わり、後者のフレーミングには罪悪感が伴わないというのです。おおむね同意しますが、ひとつ但し書きがあります。再浮上(resurfacing)は、実際に読んで注釈を付けたものにこそ最もよく機能します。そのときにこそリマインドが実際の思考とつながるからです。一度も開かなかった記事が再浮上するのは、過去の衝動を餌にしたレコメンドエンジンにすぎません。
ただし、ここには罠があります。セカンドブレインを作り始めると、実際に読むかどうかに関係なく、少しでも役に立ちそうなものを全部クリップしたくなります。アーカイブは膨らみ続け、ある時点から、本当に読むつもりで保存したものとコレクションの体裁のために保存したものの区別がつかなくなります。読むつもりだった未読記事だらけのナレッジベースはセカンドブレインではありません。UIが立派なだけの溜め込み(ホーディング)です。(参照のために自分で書くメモ — シリアル番号、保険情報、メンテナンス記録 — はまったく別の話です。ああいうノートは書いた瞬間に役目を果たしていて、二度と読まずに済むことを願うのが正しいゴールです。)
参考資料はたいていその場で処理されます。いいレストランを見つけたら? すぐ地図にピンを打つ。タイムリーな記事なら? そのままグループチャットに流れるか、どこかに投稿される。あとで必要になりそうなものは、多くの人が自分宛にリンクをDMして忘れます。面白いものを見つけるたびに飽きもせず共有してくる友人が、あなたにも一人はいるでしょう。あなた自身がその友人かもしれません。
3番目のケース(興味はある、時間はない、「あとで」)は、たいてい論文、海外メディアの記事、ブログ記事、長いスレッドのようなロングフォームです。皮肉なことに、これこそ「あとで読む」に最も文字通り当てはまるパターンでありながら、人々が最も失敗するのも正確にここです。
というわけで、「あとで読む」を実際に機能させたいなら、こう提案したいと思います。
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「あとで」が実在するという前提でのみ保存する。 いつ消費するのか見当もつかないまま保存したコンテンツは、罪悪感と宿題になって返ってきます。
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長い読み物は保存しない。 人は時間がないからこそ長い記事を保存しますが、あとになれば時間はたいていもっとありません。本当に重要で仕事に結びつく長文なら、「いつか読む」に分類せず、それ自体をひとつのタスクや小さなプロジェクトとして扱ってください。GTDをやっているなら、本物のタスクとしての重みを与えましょう。
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有効期限ルールを決める。 たとえば、保存したものは1週間以内に消費し、1週間経って未読のものは例外なくアーカイブに送る、というふうに。私のサービスでは、保存をメールになぞらえて設計しました。保存した記事はまずインボックスに届きます。インボックスから読み、それからアーカイブする。締め切りルールも設定できます。(ちなみに私はメールをインボックスゼロで運用しています。)読みながらハイライトし、メモを取り、タグを付け、いったんアーカイブされたものは簡単に検索できなければなりません。
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プラットフォーム自体の保存機能は使わない。 ソーシャルフィードはスクロールし続けさせるために存在していて、保存UIがメイン機能であることは決してありません。保存した投稿にたどり着くにはフィードをかき分けて進むしかなく、そうこうするうちに読書ではなくドゥームスクロールに戻っています。やがて何を保存したかさえ忘れます。リンク切れ(link rot)も現実です。元の投稿が削除されれば、保存も道連れに消えます。そして最悪なのは、保存が強い嗜好シグナルであるため、結局レコメンドアルゴリズムに餌を与えているだけだということです。
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自分だけの雑誌を作る。 データホーダーのように保存すると(全部放り込み、何もフィルタしないと)、結局その山を読むかどうか悩む時間の方が、実際に読む時間より長くなります。積み上がったバックログにストレスを感じる代わりに、自分の雑誌を編集していると考えて品質管理をしましょう。保存したときの自分と、あとで読む自分は、違う状況にいる別人です。二度目に見て響かないものは容赦なくふるい落としてください。おいしいものは探し求めるのに、コンテンツでそれをしない理由はありません。
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投稿ではなく、書き手を保存する。 良い文章は良い書き手から生まれますが、良い書き手でも毎回良いわけではありません。打率が安定して高い人なら、私はその人が発行するすべてを購読します。ブログはRSSで、それ以外は通知で。その人が書くものをひとつも見逃したくないからです。(これが自分のサービスに購読機能を組み込んだ理由でもあります。)たまにしか素晴らしくない書き手は、選別してアーカイブします。
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よく読めるものとは、読みたく見えるものである。 誰にでも好みのセットアップがあります。モバイルで保存してモバイルで読む、あるいはデスクトップ、電子書籍リーダー、タブレットで。本当に重要なのは、どれだけ長く没入し続けられるかです。紙の本が優れているのは、本にはテキストしか入っておらず、可能な活動がただひとつ — 読むこと — だからです。電子書籍リーダーが良いのも同じ理由です。とはいえ、最後は意志の問題です。私たちの多くはすき間時間をショート動画で埋めています。その時間の一部を自分のアーカイブと交換すれば、わずかなドーパミンの代わりに、本当に自分を満たしてくれるコンテンツが手に入ります。
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長い動画は長い読み物である。 2番を読み直してください。ショート動画はほとんど保存する価値がありませんが、ちょっとしたコツ、レシピ、情報系クリップは例外かもしれません。個人的には動画を文字起こしして、テキストで保存する方を好みます。一度見たものをもう一度見ることはめったにありませんし、そもそも読む方が見るより速い。今は優れた文字起こしツールがたくさんあり、YouTubeには字幕が最初から付いていることも多いので、自分で手を動かさなくてもテキストが手に入ります。